会議中の「発話量」から人的資本は見えるか?〜組織内コミュニケーションの可視化に向けて〜

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人的資本ってなに?

近年、企業が人的資本(Human Capital)を開示することは、投資家や株主に対して、従業員を重視した健全な経営姿勢を示すうえで重要な取り組みの一つとされています。

人的資本が重視されるようになった背景には、企業の成長において、新しいアイデアやイノベーションの重要性が高まっていることがあります。そのため、「巨大な工場や資金を持っているか」という財務指標だけでなく、お金に直接換算できない指標が重視されてきています。その中でも、人材に関する観点から「優秀でモチベーションの高い人材を確保し、活用できているか」を捉える考え方が、人的資本です。

企業が人的資本を公開する理由

では、なぜ企業はこうした人的資本指標を投資家や株主のために公開するのでしょうか。大きく分けると、そこには2つの理由があります。

1つ目は、企業同士を比べやすくなるからです。たとえば、女性管理職比率、離職率、研修時間、従業員エンゲージメントなどが公開されていれば、その企業が人材をどのくらい重視しているのかを、他の企業と比較することができます。

2つ目は、企業の変化を見やすくするからです。同じ指標を毎年公開していれば、以前と比べて人材育成が進んでいるのか、離職率が改善しているのか、働きやすい環境が整ってきているのかが分かりやすくなります。つまり、人的資本指標は、企業の現在の状態だけでなく、企業がどのように変わってきたのかを示すための情報でもあります。

人的資本:企業の構成員としての個人が持つ資質(倫理観、協調性、リーダーシップなど)や能力(知識、技術・技能など)を、企業の付加価値を生み出す資本とみなしたもの(野村総合研究所)

人的資本の可視化とコミュニケーション

人的資本として公開される情報は様々です。以下のような指標をベースに公開されることが多いです。

人的資本として公開されることの多い指標
ダイバーシティ 属性別の従業員・経営層の比率や男女間の給与差や育児休業後の復帰率など
従業員エンゲージメント 従業員と企業の結びつきや貢献意欲を数値化した指標
人材育成 研修期間や定期的なレビューを受けている割合
流動性 離職率や離職の総数
健康・安全 労働災害の数など
コンプライアンス・労働慣行 人権・差別問題や苦情の件数など

人的資本に関する開示状況の分析(2025年3月期有価証券報告書)(PwCコンサルティング合同会社)を基に作成

これらの人的資本指標は企業の経営状況を把握する上では重要であることは確かそうです。しかし、従業員同士が日常的にどのように関わり、知識や意見を交換しているかまで把握するうえで、これらの指標だけで十分なのでしょうか? 職場では、日々の会議がアイデア創出や情報共有、意思決定の場として機能しています。会議でのコミュニケーションを捉えることができれば、人的資本が組織内でどのように活用されているのかを把握する手がかりになると考えられます。

つまり、既存指標は会社の情報を示す一方で、従業員同士が日常的にどのように関わり、知識や意見を交換し、組織として価値を生み出すためのコミュニケーションができているのかを十分に示すことができていなかったと考えます。

そこで、今回は「組織内コミュニケーションの可視化」を目指します。

「会話の内容」は分析に向かない?

会議が重要だとしても、社内で行われる会議は非常に多く、外部評価者がすべての会議内容を細かく分析することは現実的ではありません。また、1on1のようにプライバシーを守る必要がある場面では、会話の内容を分析すること自体が、機密性の観点から問題になる場合があります。

そこで私たちが注目したのが、会議での発話量です。発話量とは、「何を話したか」ではなく、どれくらい話したかを見る指標です。たとえば、会議でよく話す人は、その場で重要な役割を担っていたり、意思決定に関わる立場にいたりするかもしれません。そう考えると、誰がどのくらい話しているかを見るだけでも、会議の中でどの立場の人が強い影響を持っているのか、その一端が見えてくる可能性があります。

つまり、会話の内容そのものを分析しなくても、発話量と参加者の属性から、組織のコミュニケーションの特徴を捉えられるのではないか、というのが私たちの考えです。

この発話量を会議状態を示す変数として用いることで、会議の内容を用いない、かつ大量の会議データを一括で処理しやすくなります。

発話量を詳しく解説:本記事での発話量とは、ある一定の時間における、その人が話した時間の割合を示します。具体的には、笑い声や短い相づちを含む音声的な反応を20秒単位で捉え、5秒のスライドウィンドウ内で発話量の比率を示します。出力値は0から1の範囲を取り、0は発話なし、1は継続的に話している状態を表します。なお、うなずきや姿勢変化などの非言語反応は対象に含まれていません。)

会議の特徴を組織全体の視点で見るには、個人ごとではなく、役職や部署ごとに発話の傾向を見ることも重要です。役職が違えば、持っている権限や意思決定への関わり方も変わります。部署が違えば、専門性や組織の中で担う役割も異なります。そこで今回は、参加者を役職や部署ごとに分け、それぞれの発話量や、グループ同士の関わり方を分析します。

発話量から組織を知るための3つの指標

発話量データを使って組織を観察するために、今回は大きく3つの分析方法・指標を提案します。

①:会議の平等性


この指標は会議での発言が平等であるかを示します。指標は属性1人あたりの平均発話量の差から算出します。

たとえば、ある属性の人たちばかりが多く話していれば、その属性が会議で強い影響を持っている可能性があります。そこで、各属性の発話量がどのくらい偏っているのかを見るために、「全員が同じくらい話した状態」と比べてみます。ただし、どんな状態を理想とするかは、組織や会議の目的によって変わります。全員が均等に話すことを目指す場合もあれば、特定の属性にもっと発言してほしい場合もあるでしょう。今回は、各属性が均等に発話している状態を理想としました。

もう一つ気をつけたいのが、属性ごとの人数の違いです。人数が多ければ、それだけ全体の発話量も増えやすくなります。そのため、ここでは単純な発話量の合計ではなく、1人あたりの発話量にそろえて比較します。

②:会議の権力関係


この指標は会議における権力関係を示します。指標はある属性の参加有無による、別の属性の発話量の変化から算出します。

たとえば、上司がいると、少し話しにくくなる。これは珍しいことではありません。では、上司が参加した途端に、ある部署だけ発話量が大きく落ちたらどうでしょう。そこには、役職による影響が強く表れている可能性があります。

③:他の指標と発話量の相関


この指標は発話量と別の指標の相関関係を示します。指標は勤続年数や営業成績のように連続値で表せる属性と、発話量の相関係数から算出します。

たとえば、勤続年数が長い人ほどよく話しているなら、会議にも年功序列的な傾向が表れているのかもしれません。反対に、勤続年数と発話量に目立った関係がなければ、経験年数に左右されにくい会議になっていると考えられます。

実際にどんな会議を分析したのか

本記事では、ハイラブル社内でこれらの指標がどのように表れるかを調べるために、ハイラブル社内の定例会議を対象に分析しました。会議データは Hylable Discussion Web版 を用いて収録されています。Hylable Discussion Web版を用いることで、個人ごとの発話量を収集し、それに属性を付与することが非常に簡単です。

Hylable Discussionとは 詳細はこちら

Hylable Discussionは、会議や話し合いにおける参加者ごとの発話量やその変化、参加者間のやり取りの量などを自動で分析し、グラフで可視化するクラウドサービスです。

本記事で使用したWeb版はブラウザ上で利用でき、会議中の発話状況をリアルタイムで確認できます。分析結果は保存されるため、会議後の振り返りや、過去の会議との比較にも活用できます。

【Web版の利用イメージ】
【分析結果の例】

利用データの詳細

ハイラブルでは、週1回、約1時間の定例会議を行っています。役員と全従業員が参加し、それぞれが進行中のタスクを共有します。今回の分析では、参加者を役員・営業・開発・総務の4つに分けました。

会議では、各参加者に3分の報告時間があり、その後に約7分の質疑応答があります。全員に一定の発言機会があるため、役職や部署ごとの発話量を比べやすい会議です。分析には、2020年末から2024年10月までの203回分の会議データを使いました。

ただし、会議で扱うテーマは毎回異なるため、1つの会議回ごとの発話量にはばらつきがあります。そこで、短期的な話題の影響を小さくするため、約4年分のデータを四半期(Q:Quarters)ごとにまとめて分析しました。さらに、会議の回数や長さの違いによる影響を減らすため、各参加者の発話量は、その人が出席した会議の総時間に合わせて調整しています。

結果1:発話量の偏りは、意外に小さかった

まず注目したいのは、属性ごとの1人あたり発話量の比率です。ここでは、4属性が均等に発話する状態を理想値とし、それぞれ25%に設定しました。四半期ごとの推移を見ると多少の揺れはあるものの、全体としてはこの理想値に比較的近い水準(20%〜30%の間)で推移していました。つまり、Hylableの定例会議は、特定の属性だけが極端に話し続ける場ではなく、一定程度バランスが保たれていたと読めます。


しかし、常に一定だったわけではありません。下の画像は各属性の理想比率からの誤差の総量が10%を超えて、一時的にバランスが崩れた2つの時期をピックアップしています。


①2021年1Qから2022年1Q:取締役と営業の発話量が相対的に高くなっていました。この時期はコロナ禍下で売上拡大が重要な課題になっており、営業活動の強化が会議中の発話量にも表れた可能性があります。

②2023年2Q以降:営業の比率が再び上昇しますが、これは営業の人数増加による一時的な変化と考えられます。その後、2024年1Q以降は再びバランスが回復しました。

以上の分析から組織内のコミュニケーションのバランスや、環境や人員構成の変化が会議中のコミュニケーションの形にどのような影響が発生したのかなどが分かりました。

結果2:営業と開発の関係性と役割がわかった

次に、ある属性の同席・非同席による他の属性の発話量の変化を見てみます。分析してみると、他の属性が存在すると発話量が減る傾向が全体として見られました。今回のデータでは、ある属性が参加していない場合に比べて、その属性が参加している場合、他の属性の発話量は平均19%減少します。これは、限られた会議時間を参加者同士で分け合う以上、ある意味では自然な結果です。つまり、このニュートラルな減少(19%の減少)が発生していない場面をピックアップし、分析します。

①増加もしくは減少ナシ:取締役は総務が参加しているときに発話量が増加しています。また、総務は取締役が参加しているときは、2.7%の減少とあまり減少していません。しかし、取締役の存在によって、営業と開発の発話量はそれぞれ大きく下がっており、取締役と総務の関係と、取締役と営業、開発の関係は少し違うことが伺えます。これについて、社内での聞き取りを行うと、総務が定例会議を取締役からの情報収集場として利用することが多く、それがこのような結果につながった可能性があることが分かりました。


②大幅な減少:営業と開発は会議に取締役が出席している場合、大幅に発話量が減少します。また、さらに営業と開発は、お互いが出席しているときに発話量が大きく下がる傾向も見られました。これは、両者がそれぞれ専門性の異なる領域を担っており、相手が不在のときに自分たちが会議を主導しやすい構造があるためだと考えられます。


以上の分析から、組織内の部署間関係や役割分担のあり方が、会議中の話し方にも表れることが分かります。

結果3:勤続年数が長いほどよく話す

最後に、在籍期間と発話量の関係も見てみます。

全社員を対象にした場合、勤続四半期数と発話量の相関はほぼゼロ(-0.03)でした。しかし、勤続2年(8Q)以上の社員に絞ると、相関係数は r = 0.560 となり、中程度の正の相関が確認されました。つまり、この組織では、一定期間以上在籍している社員ほど発話量が多くなる傾向があると解釈できます。これは、年功的なコミュニケーション構造の一端として捉えられる可能性があります。


もちろん、勤続が長いほど会議の背景知識が増え、役割上も話す機会が多くなることは十分にありえます。そのため、この相関だけで上下関係の強さを断定することはできません。ただ、少なくとも「誰が話しているか」の偏りを組織の文化の一部として示すことが可能になります。

分析から分かったこと

以上の分析から、Hylableのコミュニケーション指標は以下のようにまとめられます。

  • 発言の平等性:高い。外部要因による影響を受けることがあるものの、バランスは戻る。
  • 発言の権力関係:取締役の影響が大きい。
  • 発言の年功序列度:正の相関アリ。ただし、度合いは低い。

このように、今回の研究は会議データからその企業のコミュニケーションを定量的な指標として可視化することができました。

おわりに

この分析の面白さは、人的資本を「制度」や「属性構成」だけでなく、日々の会議の中でどのようにコミュニケーションが行われているかという観点からも捉えようとしている点にあります。さらに、分析対象は会話の内容ではなく、発話量です。会議中の発話量を人的資本の指標として扱う研究や実践はまだ多くなく、既存の人的資本開示指標とは異なる観点として活用できる可能性があります。

Hylable Discussionを活用することで、役職や部署ごとの発言バランス、特定の属性が参加した際の発話量の変化、勤続期間などの属性と発話量の関係を継続的に分析できます。これにより、会話の内容を直接扱わずに、組織内コミュニケーションの状態や変化を定量的に捉える手がかりを得られます。

読者の皆さんも、Hylable Discussion を導入して、組織内コミュニケーションを把握するための一つの手段として活用してみてはいかがでしょうか。

元になっている文献
  • 橋本 慧海, 柳楽 浩平, 水本 武志, 白松 俊. “会議中の発話量に基づく人的資本可視化手法の提案”. 人工知能学会全国大会(第39回). 記事へのリンク
  • Ekai Hashimoto, Kohei Nagira, Takeshi Mizumoto, Shun Shiramatsu. “Human Capital Visualization using Speech Amount during Meetings”, SIGDIAL2025. 記事へのリンク

#人的資本 #発話量 #組織内コミュニケーション #定量分析 #研究 #論文紹介 #ハイラブル

この記事を書いたメンバー

橋本慧海

ハイラブルでアルバイトをしている、対話システムが専門の博士後期課程の学生です。先日の台風のあと、ベランダの掃除をしました。



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