自然や生態系の保全が重要であることは、SDGsやESGなどのキーワードで広く認識され、投資や金融においても、こうした観点が求められている。連載「いきものコミュニケーション」は、17万人以上のヒト会話を分析し、生物の声の計測事業も行っている音の専門家が生物とコミュニケーションについて解説する。生物多様性の理解を深めるには、個別の種の行動を知ることも欠かせない。Vol.6はクジラの歌について紹介する。

本記事は、ニッキンONLINE PREMIUMで連載中の記事の転載です。
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クジラの流行歌
今回紹介するクジラは、特定のパターンで音声を出す、つまり「歌う」ことが知られています。前回紹介した鳥は親から鳴き声を学ぶタテの関係でした。一方クジラは、2011年に発表された論文[1]によると、集団から集団へヨコに伝わっていくことがわかりました。さらにこの流行は、数千kmにわたる広大な範囲で起こっているというのです。
まずクジラの歌はひとの音楽ととても似た構造になっています。決まった音のパターンの「ユニット」があり、それを組み合わせた「フレーズ」があり、さらにこのフレーズを組み合わせた「テーマ」があり、そのテーマを組み合わせることで、曲になります。この曲は、何時間にもわたって歌われます。
こうした歌は、オスがメスに求愛するために行うと考えられているので、歌はクジラたちの繁殖にとってとても重要な要素になっています。
通常、同じグループに所属するオスは似た歌を歌います。そして、季節ごとに少しずつ古い要素が新しい要素に置き換わりながら、集団全体の歌が変化していきます。一方で、別の集団から新しい歌が伝わったら一気に広まることもあります。まるでヒットチャートが急に新曲に入れ替わるように、文化が伝わっていくともいえそうです。
この歌の流行の広がるスピードがとても早いというのが論文[1]の発見の一つです。下の図のように、オーストラリアの東で観測された歌が、2年で約6,000kmほど離れたフランス領ポリネシアにも伝わっていました。しかも流行が伝わるのはなぜかいつでも西から東だということでした。

歌の流行の流れを表すイメージ図(筆者作成)
約2年で東オーストラリアからフランス領ポリネシアに伝わった
後の研究では、インド洋など他の海域でも集団から集団へ歌が伝わっていく現象が報告されており、ザトウクジラに広く見られる文化的な特徴であることがわかってきました。
海の騒音とクジラへの影響
こうしたクジラたちの流行歌は、近年は海の中の騒音によって妨げられています。
海の騒音とは、例えば船が航行する時のエンジン音や、ソナーの音、海底を掘る音などたくさんの音があります。特に、地震探査と呼ばれる海底下の地層を調べる手法は、地下の石油や天然ガスを探すためにエアガンからとても大きな低周波の音を繰り返し発生させます。この音がかれらのコミュニケーションの帯域と重なってしまい、妨げになってしまっています。
こうした騒音が大きくなると、クジラたちもより大きな声で、または長く歌わなければなりません。これは、これまでの生態を変えてしまうだけでなく、歌にエネルギーがより多く必要になるので、繁殖が成功しづらくなったり、長期的には群れが維持できなくなる可能性があります。
気候変動による海の水温の上昇や、氷が融けるといった変動はまだわかりやすいですが、「海の中の騒音」は想像しづらいのではないでしょうか。
まとめ
YouTubeなどで「ザトウクジラの歌」というキーワードで検索すると実際のクジラの歌が聞けます。海の中での彼らの流行歌を想像してみるのはいかがでしょうか。
参考文献
- [1] E. C. Garland et al., Dynamic Horizontal Cultural Transmission of Humpback Whale Song at the Ocean Basin Scale, Current Biology, 21(8): 687–691, 2011.
ニッキンONLINE PREMIUM 2026年6月7日掲載 (リンク)
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この記事を書いたメンバー
水本武志
ハイラブル株式会社代表。カエルの合唱や人のコミュニケーションの研究が専門。 あらゆるコミュニケーションを調べたい。生物研究プロジェクト Project Dolittle もやってます。