自己紹介と研究紹介
はじめまして。大学院の博士後期課程で研究をしながら、ハイラブルでアルバイトをしている橋本です。ハイラブルでは、Hylable Discussionを用いた会話分析研究や、その紹介記事の執筆を行っています。普段は、大学院で対話システムに関する研究を行っています。
本記事では、ハイラブルでのインターンシップ中に取り組んだ、就職活動中の学生の自己分析を支援する対話システムの研究を紹介します。この研究を始めたきっかけは、修士1年時の就職活動でした。就職活動を進めるなかで、「就職活動を支援できる対話システムを作れないか」と考えたことが出発点です。
就職活動で自己分析をするとき、現在のことだけ考えてよいのか?
大学生の就職活動では、
しかし、自分一人で経験や価値観を振り返り、それらを整理することは簡単ではありません。そこで本研究では、
仕事や生活の中で重視することが将来も変わらないとは限りません。たとえば、就職活動中は「給与」や「会社の知名度」を重視していたとしても、数年後に結婚や子育て、転勤、親の介護、居住地の制約などが生じれば、「ワークライフバランス」や「勤務地の安定性」をより重視するようになるかもしれません。反対に、現在は安定性を重視していても、将来はより挑戦できる環境を求める可能性もあります。
従来の自己分析支援では、現在の考えや過去の経験を振り返り、就職活動時点での価値観や興味への理解を深めるものが多くあります。しかし、現在の自分だけに着目すると、
そこで本研究では、現在の自分を理解するだけでなく、
自己分析支援対話のポイント
本システムの特徴は、現在の自分だけでなく、将来の自分についても考えながら、自分が何を重視しているのかを見つめ直す点にあります。
対話では、まずユーザーが現在どのようなことを重視しているのかを整理します。その後、システムが「あなたの具体的な夢は何ですか?」と質問し、
たとえば、ユーザーが「30歳までに結婚して、子どもがほしい」と回答したとします。一方で、現在は「給与」を重視し、「ワークライフバランス」をあまり重視していなかった場合、システムはその将来像と現在の価値観との間にあるズレに着目します。そして、「結婚や子育てを考えた場合にも、現在と同じことを重視しますか」といった質問を提示し、自分の価値観を改めて考えるよう促します。
さらに、システムは夢を実現するまでのことだけでなく、夢を実現した後の生活についても質問します。たとえば、結婚や子育てという目標を実現した後には、現在とは異なることを重視するようになるかもしれません。そこで、夢がかなった後の自分を想像した場合にも、現在と同じ価値観を持っているのかを問いかけます。
このように、
価値観を企業選びの評価軸として捉える
では、このような対話をシステム上で実現するために、ユーザーの「価値観」をどのように扱えばよいのでしょうか。価値観は人の内面にあるものであり、そのものを直接システムで捉えることは簡単ではありません。
そこで本研究では、
本研究で用いる評価軸は、「仕事の内容や職種」「会社のネームバリュー」「給与や待遇」「会社の長期的安定性」「企業文化や理念」「ワークライフバランス」「成長できる環境」「転勤の有無や勤務地」の8項目です。ユーザーは、これらの項目を自分が重視する順に並べます。本記事では、この並びを
この評価軸リストを対話の中で用いることで、システムは、現在重視していることと将来像との関係を具体的に取り上げて質問できます。また、対話を通じて考えが変化した場合には、ユーザー自身がリストの順位を変更することで、その変化をシステム上に反映できます。
ユーザーの考えを深掘りする仕組み
もし、評価軸や将来の自分について質問しても、ユーザーが「そう思います」「変えたほうがよいと思います」と答えるだけでは、自分がなぜそう考えたのかまで十分に振り返ることはできません。そこで本システムでは、ユーザーが自分の判断だけでなく、その理由や背景となった経験まで言葉にできるよう、回答を深掘りします。
具体的には、ユーザーの発話を次の3種類に分類します。
- 1. 主観的な判断と、その理由や根拠となる経験を含む発話
- 2. 主観的な判断のみを含む発話
- 3. 主観的な判断と理由・経験のいずれも含まない発話
ユーザーの回答に主観的な判断とその理由・経験が含まれていれば、システムは次の話題へ進みます。一方、理由や経験が十分に語られていない場合には、そのまま次の話題へ進まず、「なぜそう思うのか」「どのような経験からそう考えるようになったのか」といった追加の質問を行います。こうすることで、ユーザーが自分の価値観や判断の背景まで振り返ることを促します。この発話分類はキャリアコーチングにおける発話分類研究を参考に、今回の対話タスク向けに3種類へ再構成しています。
また、将来の自分と現在の価値観を照らし合わせる中では、ユーザー自身も迷いや葛藤を感じることがあります。こうした変化は、発話の内容だけでなく、回答までの間や声の特徴にも表れる可能性があります。そこで本システムでは、発話内容に加えて、音声から推定される感情や、質問が表示されてから回答を始めるまでの時間も、深掘りが必要かを判断する補助的な情報として利用します。
これらの情報から、普段の回答とは異なる感情の揺れが見られた場合には、システムは次の話題へ進まず、現在の考えをさらに整理するための質問を行います。このように、
Webアプリケーション
自己分析支援システムは、Webアプリケーションとして実装しました。
画面左側には、企業選びの評価軸リストが表示されます。ユーザーは対話の途中でも、項目の並べ替えや編集、追加を行えます。これは、対話を通じて考えが変化したとき、その変化を評価軸リストへすぐに反映できるようにするためです。画面中央には、システムからの質問が表示されます。ユーザーはマイクボタンを押し、音声で回答します。画面右側には、ユーザーの回答に対するシステムからのフィードバックが表示されます。
就活生を対象に実験
本システムの効果を検証するため、工学部に所属する就職活動中の学生15名を対象に実験を行いました。
実験では、
システムの効果は、
アンケートでは、システムの利用前後に、職業キャリアや私生活についてどの程度見通しや目標を持っているか、自分の価値観やキャリアの方向性をどの程度説明できるかなどを尋ねました。また、利用後には、価値観やキャリアについて深く考え直せたか、新たな視点を得られたか、考え方や意識に変化があったかについても尋ねました。
評価軸リストについては、
結果1:ユーザーの意識変化
まず、システムの利用前後で、将来のキャリア目標に対する意識がどのように変化したかを確認しました。
「職業キャリアの目標」に関する項目では、7件法による回答の平均変化量が、ベースライン手法では−0.13だったのに対し、提案手法では+1.00でした。また、「プライベートキャリアの目標」に関する項目でも、平均変化量はベースライン手法の+0.13に対して、提案手法では+0.83となりました。
提案手法では、単に現在の仕事選びについて考えるだけでなく、将来の夢や、その夢を実現した後の生活まで具体的に考えます。このように、
結果2:対話による視点変化
次に、システム利用後のアンケートから、対話を通して自分のキャリアや価値観を捉え直せたかを確認しました。
「キャリアや価値観について新たな視点を得られた」という項目では、7件法による回答の平均値が、ベースライン手法では3.88だったのに対し、提案手法では5.33でした。また、「キャリアに対する考え方や意識に変化があった」という項目でも、ベースライン手法の3.25に対して、提案手法では4.50となりました。
一方で、「価値観やキャリアビジョンについて深く考え直すことができた」という項目では、両手法の平均値に大きな違いはみられませんでした。つまり、提案手法によって単純に「より深く考えた」というよりも、
結果3:企業選びの評価軸を見直す動きが見られた
最後に、対話を通して評価軸リストの順位がどの程度見直されたかを確認しました。
ベースライン手法では、順位の変化量が前半の2.0から後半の1.4へ減少しました。一方、提案手法では、前半の0.8から後半の2.3へ増加しました。つまり、
さらに、もともと上位にあった評価軸の変化をより大きく評価する
ただし、評価軸の順位が大きく変化したからといって、価値観が「良くなった」ことを意味するわけではありません。一時的に判断が揺らいだことで順位が変化した可能性もあります。また、参加者数が少ないため、評価軸の変化について手法間の差を断定できる段階でもありません。
本研究が目指しているのは、ユーザーを特定の価値観へ導くことではなく、
おわりに
今回の研究のポイントは、自己分析を「現在の自分を知る作業」だけで終わらせず、
一方、働き始めた後には、結婚や子育て、住む場所、家族との関係、仕事上の役割など、さまざまな変化が起こります。それに伴って、仕事や生活の中で何を重視するかも変わる可能性があります。もちろん、こうした将来の変化を就職活動中に正確に予測することはできません。それでも、
今回の実験では、参加者数が少なく統計的に明確な差を示せなかった項目もありますが、将来の自分について考える対話によって、
- 橋本慧海, 柳楽浩平, 水本武志, 白松俊. 「就職活動中の学生を対象とした自己分析支援対話システム」. 人工知能学会論文誌, 41(5), LF26-D_1-14, 2026.
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この記事を書いたメンバー
橋本慧海
私自身もこのシステムを通して、自分のキャリアについて改めて考えました。その結果、「やりたいことをやることができるか」を進路を考えるうえでの一つの指針とし、就職ではなく博士課程への進学を選びました。