自然や生態系の保全が重要であることは、SDGs や ESG などのキーワードで、広く認識されている。投資や金融においても、こうした観点が求められるようになってきた。連載「いきものコミュニケーション」では、カエルの研究で博士を取得し、ヒトの会話分析事業や、生物音声の計測事業を行っている音の専門家が生物とコミュニケーションについて解説してきた。
最終回となる Vol.8では、生息状況を調査する方法や、非財務指標の一つとして注目されている自然資本について紹介する。

本記事は、ニッキンONLINE PREMIUMで連載中の記事の転載です。
※媒体社の許諾のうえ転載しております。
生息状況の調査方法
生物多様性の保護や自然資本の定量化など、生き物の状況を把握したいニーズは多くあります。こういった生物調査は、実は現在も人が現地に足を運んで調べるのが基本です。鳥・虫・植物といったそれぞれの専門家が、双眼鏡などをもって数を数えています。
専門家による調査はもちろん信頼性が高いですし現在も主流の方法なのですが、目視で見分けるには高度な訓練が必要なので人員も限られますし、予算の限界もあるので毎日24時間観測するわけにはいきません。
そこで、様々な自動化技術の研究がされています。
カメラは一番わかりやすい方法です。カメラの前を動物が通ったときに撮影したり録画したりする方法です。得られる情報は多いものの、画角の外に出たり木陰に隠れているいきものは観測できません。
環境DNAという、水中に漂う生き物由来のDNAからその近辺にいた生き物を見つけ出す方法もありますが、基本的には水中や水辺の生物しか見つけられませんし、その生き物が生きているのかはわかりません。
音で測る可能性
では、音はどうでしょうか。 これまでの連載で紹介してきたように、生き物は声を使って様々なコミュニケーションをとっています。これを測るというアイデアです。
音声であれば、木陰に隠れていても声さえ聞こえれば観測できますし、声を出す以上は少なくとも生きていることは確かです。しかも、音は360度どこからでも聞こえてくるので、死角に隠れても問題ありません。実際、鳥類の専門家に聞くと、鳥を探すときはまずは耳で声を聞くことから始めるそうです。
ただ、それでは音を使えばすべて解決できるかというと、そんなに甘くはありません。 というのも、音声の最大の問題は混ざるということにあるからです。隣り合う2羽の鳥の写真を撮影しても映像は混ざりませんが、同時に鳴くと声は混ざってしまいます。この問題を解決する必要があるわけです。
特に都市部では車や電車、工事、街角で流れる音楽など様々な騒音にあふれています。しかも低い音の雑音が多いために、それを避けて鳥の声が高くなるという現象も知られています[1]。このように、音で測る以上は、騒音の対策が避けられないわけです。
雑音に強い声の聞き分け
私が創業したハイラブルでは、生き物の声を専用の屋外用マイクで録音し、独自に学習したAIで聞き分けるKoeTurri(コエチュリー)というソリューションを開発し、2026年に正式リリースしました[2]。
音が混ざる問題は、KoeTurriのもとになった日比谷公園の実証実験[3]を中心に、様々な雑音を混ぜ合わせて学習することで解決してきました。
また、鳴く生き物というと鳥が一番人気ですが、屋外ではそれに限りません。鳥ほど注目はされていませんが、カエルやセミ、スズムシ、シカなども鳴いています。 KoeTurri ではこれらの生き物もカバーして、141種類(注:2026年9月時点では151種)の生き物を聞き分けることができます。
自然共生サイトや自然資本の開示などでは、いずれも自社が持つ土地の生物の継続的な記録が求められています。年に数回の専門家の調査では信頼性は高いものの、偶然調査日にいなかった生き物はいないことになってしまいます。そういう点でも、こうした定点の計測には価値があるといえます。KoeTurri は屋外のフィールドで2年以上、稼働率90%以上で動き続けています。
まとめ:生き物を調査する意味と自然資本
この連載では、生物多様性の定義(Vol.1)や、それを保護するための自然共生サイト(Vol.2)、実際に生物多様性が直面している危機(Vol.3)といったマクロな側面の記事から始まりました。そして、ミクロな生物の声に関する話題、カエルの合唱(Vol.4)、鳥の方言(Vol.5)、クジラの歌(Vol.6)、イルカの名前(Vol.7) を紹介してきました。
生物多様性の保護というと、自然共生サイトの認定や、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)のLEAP(リープ)アプローチによる自然資本の特定と開示、統合レポートでの開示など、マクロな調査や書類上の情報が中心になりがちです。しかし、そこで保護されるのはその環境で生きる生き物たちであり、彼らは生き残るためにさまざまなコミュニケーションを行っています。こうしたミクロな理解なしでは、生物多様性の保護が単なる書類上の問題になってしまいます。
この連載を通して、街を歩くときに、いつも騒音だと思って聞き流していた鳥や虫の声を気にしてみた方はいるでしょうか。そうした意識こそが、自然資本を守る出発点なのかもしれません。
参考文献ニッキンONLINE PREMIUM 2026年9月9日掲載 (リンク)
- ▶ 仕組みや導入実績を見る:KoeTurri の紹介
- ▶ まず1か月、現場で試したい方:トライアルの相談
#ニッキン #TNFD #生物多様性 #自然観察 #いきものコミュニケーション #ハイラブル
この記事を書いたメンバー
水本武志
ハイラブル株式会社代表。カエルの合唱や人のコミュニケーションの研究が専門。 あらゆるコミュニケーションを調べたい。生物研究プロジェクト Project Dolittle もやってます。